2009年08月01日

戦闘機対戦闘機 感想 三野正洋

戦闘機対戦闘機 (新戦史シリーズ)
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第一次世界大戦から第二次世界大戦までに登場した主要な戦闘機の性能諸元を数値化し、比較する事でその時代ごとの最優秀戦闘機を割り出そうという遊び心溢れる一冊。

あくまでスペックを元に出された数値ですので、実際に大活躍したかどうかというのは別の話です。
どんなに優れた機体でも運用が拙いと活躍の場はありませんし、逆に平凡な性能でも運用次第ではスペック以上の活躍を果たす事があります。
例えばソ連にレンドリースされたP-39は東部戦線の低空での戦闘においてはスペック以上の働きを見せ、ドイツのBf109Gあたりとも互角以上の勝負をしていますし、F4Fワイルドキャットも英軍仕様のマートレットはやはりBf109Gと良い勝負をしている訳です。フィンランドの空の真珠に至ってはもう別次元の活躍ぶりですし。

ただ、数値化に関してもややおかしな部分が無い訳ではなく、例えば機関砲の攻撃力をそのまま口径だけで数値化しているのはやや納得がいかないかな。零戦の20ミリと、飛燕I型丙のマウザー砲が同じ数値だとかありえない。
ま、その辺も差し引いて、数字遊びとして楽しむのが吉かな。


さて、本書は著者が一部古い資料を使用してしまった為に、非常に大きな問題点があります。
それが、その道の人の間で散々言われている紫電改最強説。
もっとも、それでも著者は総括的に最も優れた機体はP-47であると結論付けており、その点に関しては個人的にも大いに同意したいところです。
もしWWU限定で、好きな飛行機に乗って戦えといわれたら迷う事無く選びますよ、サンダーボルト。マスタングでもフォッケウルフでもない。
ま、総じてドイツ機の順位が低めになっていて、その点がドイツ好きの逆鱗に触れて、紫電改に纏わるエラーを大げさに騒ぎ立てられたのかなあと言う気も…ああ怖い。



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2009年07月25日

特務飛行命令「乙」 感想 小林たけし


特務飛行命令「乙」 (ジョイ・ノベルス)
小林 たけし
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「乙」と言えば、「>>1乙」を連想する人は少なくないと思います。
僕もここ最近は真っ先にそれを連想してしまう厄い状況となっているわけですが、この作品中で特殊な作戦に冠せられる秘匿名称「乙」も、"まあ精々頑張って死んで来い"という意味で、「>>1乙」にどこか通じるニュアンスが無くも無い。

開戦劈頭、零観でもってバッファロー戦闘機4機編隊に挑み、3機を撃墜、残る一機に体当たりをして南洋に果てた筈のパイロット。
現場を目撃した新聞記者によって瞬く間に戦意高揚記事が書かれ、軍神として祀り上げられた彼だが、実はオランダ軍の捕虜として生存していたと言う話。

この作品は海軍…というか、緒戦の勝利に陶酔して正気を失った組織を、一人のパイロットの姿を通して皮肉たっぷりに描いています。
軍神として祀り上げた以上生きていてもらっては困る。ならば架空の軍籍を与えて危険な特殊任務に当たらせればいい。役に立てば儲けもの、華々しく散ってくれればまた軍神に祀り上げて利用しよう…と。


基本的に一兵士視点で描かれるので、派手な歴史改変の類は全くありません。むしろ史実の作戦の裏にはこういう秘められたエピソードがあった…という戦争秘話スタイルです。
それだけにいわゆる仮想戦記として読むとやや物足りないかなあ。太平洋戦争当時を舞台にした冒険小説と考えれば割と良い出来だと思いますけど。
流石に婚約者とのエピソードは神がかった海軍大佐より更に神がかっている気がするが、戦争モノにロマンス?要素を混ぜると言う不意打ち感は決して悪くは無いです。
ちょっとホロリとする部分もあるし、変わりダネとして楽しく読めました。


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2009年07月04日

亜欧州大戦記〈Vol.1〉奇襲!ウラジオストック 感想 青木基行

亜欧州大戦記〈Vol.1〉奇襲!ウラジオストック (歴史群像新書)


対フランス戦で電撃戦が頓挫し、戦力の大半をフランスに回さざるをえなくなったドイツを後背からソ連が襲い、ヒトラーが自殺して第三帝国は崩壊。
更にソ連は勢いのままにヨーロッパの大半を解放してしまった世界。
なし崩し的に三国同盟が瓦解してしまった日本と、欧州で孤立してしまったイギリス、そしてソ連の拡大を一番望まない国アメリカが、対ソ戦の同盟を結んでユーラシア大陸を舞台に赤軍と戦火を交える壮大な仮想戦記。

考えてみれば日独伊三国同盟では唯一日本のみが自由経済を掲げていた訳で、ドイツやイタリアといった社会主義の亜流を掲げる国との同盟よりも、米英との同盟の方がイデオロギー的にはしっくりきます。
もっとも、事実ではソ連とアメリカが連合国として共に戦った訳ですから、イデオロギーなんてものも案外アテにならないものではあります。


1巻で描かれるのは、日本海軍がウラジオストックへの奇襲攻撃を敢行し、同時に陸軍が満州東部から国境線を越えてソ連沿海州方面に侵攻するまで。現時点ではアメリカはまだ宣戦布告はしていませんが、日本に各種兵器や資材の供給を行う形で事実上は参戦しているのと同じ状態です。

面白い事に史実ではソ連にレンドリースとして供与されたP-40やP-39、更にM3スチュアートなどの戦車も日本に供与されます。特に陸上兵器は日本軍のものではソ連の本格的な中戦車には全く太刀打ちできそうにないので、アメリカのバックアップは必須。とは言え、作中のソ連はドイツを占領してドイツの技術も吸収しているだけに今後どんな化け物戦車が出てくるか全く油断できない。
もっとも、ドイツとソ連の戦車は独ソ戦で磨かれ研ぎ澄まされて行った訳で、独ソ戦が行われないこの世界では精々M4を撃破できる程度の戦車までしか進化しない可能性も――それはそれで地味で嫌だ。


また、作者はP-39がなかなか好きらしく、後にこの機体に活躍の場を与えるつもりなのがうかがえます。
零戦相手にはあまり良い所がなかったP-39ですが、供与されたソ連では37ミリの火力を活かして襲撃機として使われ(これは作中世界の日本も同じ)ましたし、実は空中戦でも活躍して独軍機を大いに苦しめていたりします。
巴戦に巻き込まなければ結構優秀な機体だと思われ、後の活躍とやらが楽しみで仕方ありません。
なお作中では遠慮会釈無しに37ミリをぶっ放しまくっていますが、この機体は37ミリを連射すると燃焼ガスがコックピットに充満するという恐ろしい欠点があったらしく、考え無しに連射していると大変な事になりそうです。


あとは…ソ連軍からフェドロフM1916突撃銃が鹵獲されるシーンがあり、これが後の日本の自動小銃開発にどんな影響を与えるかも見所。
史実ではドイツは鹵獲したシモノフ自動小銃を参考にGew43自動小銃を開発した経緯もありますし、ソ連の兵器はどこまでも奥が深い。

敵はソ連ですが、むしろソ連萌えの人向け?



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2009年06月25日

南太平洋重爆作戦―マッカーサー失墜す 感想 橋本純

南太平洋重爆作戦―マッカーサー失墜す (HITEN NOVELS)


いい加減な地図を使用してポートモレスビー上陸作戦を行ったら本当に成功してしまい、その際に鹵獲した多数のB-17Fを使用してブリスベーンを空襲するという話。

なんと言ってもあまりにあっけなくポートモレスビーが占領されてしまうのに思わず笑った。
史実では辻タンが見込みだけで無理に推し進めた4000メートル級の山が連なる魔のオーエン・スタンレー山脈を越えて陸路侵攻すると言うキチガイじみた作戦で、敵と交戦する前に完全にすりつぶされてしまった訳ですが、こちらの作品世界ではモレスビーの近郊に勢い任せに直接上陸を果たすことで、比較的(日本軍なりに)強力な火力を投入できたのが勝利の鍵みたいです。
架空世界も史実と同じく見切り発車で作戦を開始したのに、結果はまるで違うのは皮肉と言うほか無い。


鹵獲兵器には浪漫がある。
確か某大戦略でも空港や港を占領すると、そこで補給中だった敵ユニットを分捕れるシステムがあったし、パンツァーフロントの前身である某戦車戦ゲームでも擱坐した敵戦車を破壊せずにステージクリアすると、その戦車が使えるようになるという非常に男の浪漫を刺激してやまないシステムが搭載されていました。
敵の兵器を奪うスリリングさと、ポケモン的な集める楽しさ。戦争の大きな愉しみの一つである事は言うまでもありません。

米軍の様に裕福な軍隊は鹵獲した敵兵器は試験場送りにして徹底解析する事が多く、鹵獲兵器を戦場に投入したことはほとんど無いのですが、日本やドイツなどの貧乏軍隊は鹵獲したものを塗り直した程度で実戦に使用した事例がかなりあります。

ドイツ軍がフランスで鹵獲した戦車を使用し、後に様々な自走砲に魔改造した話は有名ですし、T-34みたいな優秀な戦車は3色迷彩に塗りなおしてサイドスカートを取り付けた程度でそのまま実戦に投入しています。
また、日本軍でもマレー侵攻作戦時に鹵獲したM3軽戦車をそのまま使用し、日本軍最強戦車(笑)として獅子奮迅の活躍をした話は有名。
他にもドイツ兵がソ連兵から奪ったPPsh41を好んで使用したなんて話もありますね。

そんな感じで、鹵獲したB-17を持ってしてマッカーサーのいるブリスベーンを空襲する作戦が立てられたのも、決して不自然な流れではないでしょう。
流石に何機かは本国に持って帰るのではないかと思いますけど…フィリピンで鹵獲して持ち帰ったB-17に比べるとあちこち改良されたF型だというのに、あっさり作戦で使い潰すのはどうかなあ。

あと、やはり数十機単位で奪われた機体なら、日本が実戦に使用してくることは米軍も予測しておくべきで、全く何の対策も打ってないのには驚かされた。米軍間抜すぎだろ。


仮想戦記なので若干なりとも日本軍に有利に描いている部分はありますが、あとがきでも触れているように兵器ではマクロな戦局は変わらないと言う考えには大いに賛同。
当時はまだ超兵器で大逆転という安易な仮想戦記が多かったこともあり、敢えてミクロな勝利ではマクロな戦局は覆せないというのを全面に押し出して執筆したのかもしれません。



ラベル:橋本純
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2009年06月17日

軍用機ウエポン・ハンドブック―航空機搭載型ミサイル・爆弾450種解説 ミリタリー選書8 青木謙知

軍用機ウエポン・ハンドブック―航空機搭載型ミサイル・爆弾450種解説 (ミリタリー選書)
青木 謙知
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例えば大戦略シリーズの新作を買ってきてプレイをし始めたとして、登場するユニットの武装名称が"機関砲"とか"爆弾"といったそっけないものでも特に気にならない人にはこの本はあまり向いていません。
反対に、M61バルカンとかMk82爆弾とかちゃんとした名称が振られていると嬉しくなってくる人にはおすすめ。
これはそんな本です。


収録されているのは第二次世界大戦後〜2000年代にかけて実用化&実戦配備されている航空機に搭載される武装オンリー。肝心の航空機などは全く収録されていません。あくまでポンベイに収納したり、ハードポイントに吊り下げたりする武装に焦点が絞られている。
こう言うと一見地味な印象を受けますが、しかし搭載武器は現代では一番ハイテク技術が注ぎ込まれている分野であり、敢えて語弊を恐れずに言うならば現代の戦場の主役でもあります。極端な話航空機は爆弾やミサイルを戦場に運ぶキャリアーでしかない。

という訳で、それぞれの国情に合わせて開発された様々な武装が約450種類紹介された本書。武器カタログとして読むもよし、特殊兵装の開発の裏にある様々な歴史に思いを馳せるもよし。
どんな航空機のどのハードポイントに何発搭載できるかといったデータや、詳細な諸元表も欲しい所ですが、それは贅沢な要望。むしろこの価格にしては良くまとめられた本だと思います。
個人的には謎の多い中国軍機の搭載兵器にも触れられているのが好印象。
中国兵器のパチモン臭さはやっぱりいいねw



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2009年06月14日

これならわかる! 太平洋戦争 感想 三野正洋

[図解]これならわかる! 太平洋戦争
三野 正洋
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内容も解説の仕方も非常に良い意味で教科書的。
いわゆる自虐史観なる臭いも無ければ、勇壮な部分だけ話抜粋編集して亜細亜解放の聖戦を高らかに唱いあげる事も無く、歴史的事実を極力専門用語を排した平易な文章と、判り易い図解ページとで丁寧に解説しています。
著者の三野氏は過去に紫電改最強説をぶち上げた事があって、そのせいで未だにマニアの間ではあれこれ言われている人物ではありますが、この本の場合そもそもそういった個々の兵器や戦術部分にまではあまり深く踏み込んでいないので、特にこれは!と言うほどのものはありません。

ただ、風船爆弾をあまり良く書いてないのは頂けない。確かに戦術的な意味はきわめて薄い物ではあったけど、アメリカ側は風船爆弾を使って生物兵器をばら撒かれる事や、ギャグみたいな話だけど風船に工作員がぶら下がって米国本土まで飛来し、浸透する事も大真面目に警戒してたという。(風船おじさんの浪漫がここに…)
よって、風船爆弾は戦術的にはゴミみたいな兵器ですが、戦略的には意義のある兵器なんだぜ…もっとも、米国本土に生物兵器なんかばら撒いたりしたら、間違いなく東京にもピカドンが落ちていたでしょうけど。



日頃から戦史関係の本を読んで、仮想戦記にツッコミを入れる類の人から見るとはっきり言って物足りない内容ではありますが、つい最近何かの本かブロクで、"大東亜戦争は大日本帝國が東亜解放のために悪辣なる欧米諸国に挑んだ正義の戦いである"なんて感化されちまった人には向いていると思います。
太平洋戦争を知る上での取っ掛かりとなる部分は多く、特に軍組織の硬直ぶりや戦時下での国民生活などいわゆる大東亜戦争を英雄物語として語るタイプの本ではなかなかお目にかかれない記述もあります。
ヒロイックサーガとしての大東亜戦争はそれはそれで胸のすく物語ではありますが、どうせなら歴史としての太平洋戦争も知っておくに越した事は無いと思いますが…どうか。



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2009年05月16日

旭日の鉄騎兵西へ 感想 陰山琢磨

旭日の鉄騎兵西へ (歴史群像新書)
陰山 琢磨
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前作「旭日の鉄騎兵」はどちらかと言うと"日本が世界標準の上を行く戦車を保有し、ドイツ軍と戦う"というシチュエーションを作る為に歴史改変が行われている――いわば戦場を用意する為の歴史改変であり、歴史の思考実験的な要素はそれほど濃くなかったのですが、本作品では結構大掛かりな改変が試みられていますね。

基本的には前作の世界設定をそのまま引き継ぎ、欧州大戦終結後に始まった米ソ2大国による冷戦構造に史実より主体的な形で日独が関わっていて、戦後世界の切り取りあいが繰り広げられるという形。
特にこの世界の日本はCIAもかくやという権謀術数を巡らせ、植民地地域で民族運動に火をつけて共産化を阻止したり、ソ連が持ち込んだ新型兵器を奪取してみたりと実に狡猾な国になっています。
この狡猾さを有する事は、強力な戦車を保有する事よりも50万t級戦艦を建造するよりも日本にとっては難しい事の気がする。


今回登場する日本の新型戦車10式は、上記の東南アジアでの独立扮装時に入手したSU-100の主砲を参考に開発した105ミリ砲を鋳造砲塔に搭載し、信頼性を高めたジャイロ式砲安定装置を装備したいわゆる第一世代型MBT。イラスト的にはT-55にチーフテンぽい形の砲塔を載せた雰囲気。
物語のクライマックスではこの戦車と、ドイツ側が軍事顧問団という名目で乗員ごと持ち込んだティーガーUとが中東はゴラン高原を舞台に火花を散らす事となります。
大戦型の集大成と言えるティーガーUと、第一世代型MBTである10式の対決はなかなか興味深い。

陸戦の描写はかなり洗練されてきていて戦闘時における車内での様子なども克明に描写されており、満足度の高いものとなっています。マニアックと言い換えても問題ないですかね。
履帯の擦れる音がリアリティを持って脳内で響く一作でした。


陸戦ものに関してはこの作家さんが頭一つ抜きん出ている気がします。陸戦ものの絶対数の関係で比較対象は少ないですが。



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2009年05月10日

海軍艦上爆撃機「彗星」 世界の傑作機No.69 感想

海軍艦上爆撃機彗星 (世界の傑作機 NO. 69)
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艦上爆撃機としては世界最高水準の性能を有しながらも、持病とも言えるエンジントラブルの多さゆえに華々しい活躍にはあまり縁の無い彗星。
長大な航続距離と戦闘機並の優速を持ち、かつ急降下爆撃に耐える強度を持ち…という欲張った設計でありながら、それを何とか実現した当時の技術陣の努力には素直に賛辞を送りたい。

よく指摘される熱田エンジンの不調にしたところで、本書によると平均稼働率が50%程度を維持した部隊も多く、中には芙蓉部隊のように熟練した整備士と適切な機材を準備できれば平均70〜80%という、従来型の空冷エンジンに勝るとも劣らない稼働率をたたき出していた部隊もあり、同じ液冷でも陸軍の飛燕U型に搭載されたハ140に比べると遥かに信頼度が高かった事が伺えます。

しかしそんな彗星も末期には特攻機に改修され、その内容たるや敵の直援機を突破する為にコックピット周りに防弾版の増設、キャノピー前面に防弾ガラスを使用、燃料タンクも耐弾仕様――という、百中百死の戦術に供する為に生存性を向上させるという気の狂いぶりが厄い。それだけの改修が出来るなら通常攻撃に使うべきではないかと普通なら考えられると思いますが、当時の海軍には正常な思考が出来る余地が無かったと言う事なのでしょう。


世傑シリーズの通例で写真は実に豊富。
特筆すべきは終戦直後に撮影された半ば解体途中にある機体の写真が割と多く掲載されている事で、エンジン支持架や夜戦型の後部に搭載された斜銃などのディティールが良く判る事です。
模型好きの人向けの資料としても充分耐えうる、実用性の高い一冊。




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2009年05月04日

大反撃一式砲戦車隊 感想 陰山琢磨

大反撃一式砲戦車隊 (HITEN NOVELS)



ホニではない一式砲戦車がサイパンを舞台に米軍の上陸部隊相手に活躍する陸戦仮想戦記…って、この作者こういうパターン多いな。


史実のホニの方も強力な75ミリ砲を搭載していて、米軍戦車に対抗可能な数少ない日本戦車でした。
ただ、戦車というよりは対戦車自走砲なので装甲は小銃弾を防げる程度でしかなく、(ベースのチハタンからして50口径重機関銃で抜かれる程度の装甲ですけど)M4と正面から撃ち合えるという訳ではありません。
あくまでをM4を撃破できる火力があると言う話で。

この作品に登場するチホ車は、ベース車両こそホニと同じ九七式ですが、オープントップではない戦闘室を持ち、主砲はより強力な88ミリを搭載して、M4の有効射程外からアウトレンジできるというのがひとつの売り。


九七式に88ミリ砲を載せられるのかという疑問ですが、車格が同じ位のイタリアのM13に90ミリ高射砲を乗せたM41と言う車両があるので、乗せられない事は無いと思います。

もっとも、M41はオマケ程度の防楯があるだけで、砲の操作は車外での作業を強いられる人命無視に等しい車両だったりしするのですが、それに比べると閉鎖型の戦闘室を持つチホは、設計に相応の無理があるのも事実。
そうした無理の解決策の一つとして、例えば砲が後ろ向きに搭載されている事が挙げられます。当然旋回砲塔なんて無いので、敵に対して後ろを向けて攻撃するという、某やわらか戦車向きとすら思える設計。
表紙イラストで感じた違和感の正体はこれだったのか…。

一件荒唐無稽に思えますが、重量バランスを考慮したそれなりに理に適った設計ですし、実はそういう戦車が実際に存在したのも事実。小型のバレンタイン戦車の車体に長砲身の17ポンド砲を無理矢理搭載したアーチャー駆逐戦車がそれで、イギリスお得意の変態兵器でありながらそれなりに有用性が高かったのか、第二次世界大戦終結後もしばらくの期間配備され続けた実績だってある。単に物持ちの良いイギリスだから使っていただけじゃね?という意見は却下です。


とにもかくにもそんなチホ車(砲戦車なら名前はホホ車になるんじゃなかろうか…語呂悪いな)が、サイパン島のジャングルなど地形を最大限活用して米軍を迎え撃つ展開は、防御戦闘の悲壮感も程好く加味されてなかなかの味わい。
擲弾筒タ弾が結構広範に行き渡っていたり、義烈挺身隊にロタ砲が配備されていたりと細かい部分の改変も、序盤でノモンハンでのソ連戦車に対する苦戦ぶりを描いておく事によって、「ノモンハンの戦訓から対戦車戦闘の重要性に気付いた日本軍が存在する平行世界」にそれなりの説得力を持たせています――史実ではソ連のBT戦車は九五式や八九式の主砲では歯が立たなかったものの、歩兵の火炎瓶による攻撃が思いのほか有効で、それが正しい判断を見誤らせた原因の一つだったりするんですよね。

一つだけ気になる点を挙げると、そもそもノモンハン以前…チハとほぼ同時にチホ車の試作型が完成していたのはどうなんだろう。
対戦車戦闘を経験していないのに、対戦車能力の高い車両が生まれるのだろうか。
あのドイツ軍だってT-34ショックに代表される戦訓が無かったらパンターやティーガーUが開発されてなかった可能性が高いと言うのに。
M4相手ならW号H型辺りで充分ですからね。



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2009年04月28日

旭日の鉄騎兵 感想 陰山琢磨

旭日の鉄騎兵 (歴史群像新書)
陰山 琢磨
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チヌではない三式中戦車が欧州を舞台に活躍する陸戦仮想戦記。陸戦モノはあまり売れないのか存在自体がなかなか貴重ですが、作者のマニア度が反映されて海戦モノに比べると荒唐無稽度が比較的低い傾向にあります。
まあ荒唐無稽なのもそれはそれでネタとしては楽しいのですが。


さて、この作品に登場する三式中戦車は、ドイツのパンターを若干上回る性能を持つある意味日本にとっては悲願とも言える車両。スペック的なライバルはJs-2辺りか?
しかしこの車両を手に入れるに至るまでの歴史改変劇が結構エライ事になっているのが凄い。

満州国の運営が最大限巧く行き、アメリカの自動車メーカーの工場が現地に進出する事によってモータリーゼーションが開花して自動車工業の基礎レベルが底上げされる事、ノモンハンの戦訓がしっかりと生かされる事、北アフリカでドイツ軍の遺棄したpzkfw34(r)戦車をサンプルとして入手した事(この世界では独ソ不可侵条約が遵守されるのみならず、ドイツは戦車不足を補うためにソ連からT-34を購入して使用している)、イギリスから17ポンド砲を入手した事、その他諸々…。

日本が世界標準の少し上の戦車を持つために膨大な量の歴史改変をしている辺り、この作者はなかなか判っている人だなあと思わせるものがあります。
また、日本ではドイツの技術がやたら過大評価されるのに対して、アメリカの技術は理不尽に過小評価され、物量だけの軍隊とまで言われる傾向がありますが、この作者は基礎的な技術水準がかなり高いレベルにあるからこそ大量生産が可能と言う事も良く理解されているのにも感動。
きっとこの人はパンターやティーガーよりW号戦車やM4に美しさを感じるタイプの人に違いない。
ガンダムよりザクに美しさを感じる人に違いない。
量産型こそ兵器の華!


メインとなる戦車戦の描写も良い意味で泥臭いものに仕上がっています。
戦車戦における敵との距離と相対角度の重要さや、空や海の戦いと違って貫徹されたら一巻の終わりという理不尽さなどがしっかりと描かれていて、まさに陸戦とはかくあるべしという感じ。
記述に若干くどくてアレな部分はありますけど、この出来なら充分に楽しめます。
火病気味なエキセントリックさが面白かった黄大尉があっさり戦死したのはちょっと心残りですが。


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鉄獅子の咆哮―満州1945 感想

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2009年04月05日

カラシニコフライフルとロシア軍の銃器たち 感想

カラシニコフライフルとロシア軍の銃器たち (ホビージャパンMOOK 199)
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世界一多くの命を奪った銃、小さな大量破壊兵器…と、数々のあまり誇らしくない渾名を持ち、ハリウッド映画では悪役御用達の銃と、とかくイメージの悪いAKシリーズ。
そんなAKシリーズをはじめとして、ソ連/ロシア軍で使用された各種銃器の写真と簡潔にまとめられた解説と、貴重なFSB特殊部隊の訓練風景やアメリカのPMC等で使用されるカスタムAK、更にAKの生みの親であるミハイル・ティモシェヴィチ・カラシニコフ氏へのインタビューと、なかなかに盛りだくさんな内容なのが本書です。

全体として"広く浅く"という印象は拭いきれず、AKの内部メカニズム等にはあまり踏み込んでいません。
しかし、ニュース映像やハリウッド映画などでAKの美しいスタイリングにハートを射抜かれたAK初心者が、AKとはなんぞやと手に取るのには最適の一冊だと思います。
銃そのものだけでなく、訓練で実際に使用されているシーンも豊富な写真で紹介されていて、銃のサイズや発射時の反動の具合などもイメージし易いのが良。
さすがにアメリカで魔改造されてM4よりも集弾性を高めたモデルとかまで紹介するのはどうかと思うけど、AKの発展性の高さを象徴しているのは確かです。
75連ドラムマガジンが異様に似合うのに笑った。


カラシニコフ氏へのインタビューについては、主にAKがテロリスト御用達になっている現状や氏の近況が中心。
正直テロリストが愛用しているのは別に氏の責任ではないと思うのですが、どうしてそう言う意地の悪い質問をするのか…ちょっと萎えた。
敢えて悪者探しをするならば、どんどんAKを複製して第三世界にばら撒きまくっている某ノーリンコこそが悪の元凶だと思うんですがどうか。
それはともかくとして、よく俗説で言われている「Stg44のコピー」に対する氏のコメントがほとんど載ってないのは少し残念でした。最近はようやく「コンセプトは真似ても(氏曰くは試作命令の要求仕様書にドイツ軍のアサルトライフルみたいなものを造れとあったらしい)設計はまったく別物」という真相が知られてきましたけど、未だコピーだと信じている人も少なくないので、こういう大事な事は何度も言うべきなんですけどね。

そもそもロシア人が本気になってコピーしたらあんなもんじゃ済まないよ。
何せB29をコピったTu-4なんか、敵機に撃たれた弾痕(製造時に工員のミスで開いた穴という説もある)までコピーしたという嘘か本当かよくわからんけど、シベリアに行きたくない一念で必死でコピーしたのならあながちあり得るかも知れない逸話付きなんだぜ。


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2009年03月24日

クリムゾンバーニング 3 日米開戦 感想 三木原慧一

クリムゾンバーニング〈3〉日米開戦 (C・NOVELS)
三木原 慧一
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この巻で遂に日米開戦となると言う事で、やっと仮想戦記らしくなってました。
1巻はともかく2巻がまるまる冒険小説的な展開になっていて、あれ?ドンパチは?と面食らったり食らわなかったりした訳ですが、ようやく本格的に物語が始動です。
開戦までに3巻費やす仮想戦記というのも珍しいですが、まだブームの余韻が残っていた時期だからこそ許された特異なケースだと思います。完全にブームが終わって、固定読者層相手に細々と出版されている現在の状況だと絶対許されないだろうなあ。
ちなみに開戦と言っても全編ドンドンパチパチと言う訳ではなくて、終盤でアメリカによるハワイ攻撃が行われるだけです。それまでは2巻からの流れを引き継いだ展開。


そんな3巻の中でもやはり触れざるを得ない部分として、戦争の悪趣味な暗部を諧謔味たっぷりに描いた日本軍の「第2艦隊」
を巡る顛末があります。
開戦以前に行われた海外への派遣に際して艦隊の将兵が色々と問題のある発言をメディアに対してやらかしてしまった事に起因する事件と、その汚辱を半ば強制的にすすぐ為に国民向けプロパガンダの材料――犠牲の羊として死地に赴かされると言う、状況を俯瞰すると吐き気を催してしまいそうなアレ。
宣伝向けの勇壮さと、その裏の醜悪な算段とが同時に読者に突きつけられる形となっていて、とても嫌な気分にされます。まだアメリカ軍の露骨な権力闘争の方が、「よくない事」と判る分受け入れやすい。
大義で包んだ悪意ほど人を憂鬱にさせるものは無いという好例です。

しかし、かつての仮想戦記ブームの頃は勧善懲悪よろしく悪の米軍or第三帝国軍に完全と立ち向かう正義の無敵皇軍というスタイルの作品があまりに沢山氾濫した事を考えると、敵側だけでなく自軍の暗部まで描く三木原節は本来賞賛されても良いものなのかもしれません。賞賛するにはあまりに心理的抵抗は大きいけれど。


史実とはまったく違う世界観の中勃発した第二次世界大戦。
果たして戦局の行方はどうなるのか。まだ戦いは始まったばかり。


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2009年03月02日

大空のサムライ―かえらざる零戦隊 感想 坂井三郎

大空のサムライ―かえらざる零戦隊 (光人社NF文庫)
坂井 三郎
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エースと呼ばれる人種の列伝を読むたびに思い知らされるのは、彼等得てしては常人とは明らかに違う強運を持ち合わせているという事実。
この著作を記した坂井三郎もまた通常では考えられない強運を持ち合わせていて、出血多量と目の負傷で朦朧としながらも長距離を飛んでラバウルに帰還すると言う離れ業をやってのけています。
もちろんそこには不堯不屈の闘士と生への執念があったとしても、そうした精神面の要素だけで語りつくせるものでもありません。
エースとなる人物はエースとなるべく生まれ付いていると思えるのですがどうか。


本書は坂井が佐賀県で過ごした少年時代から海兵団への入営、霞ヶ浦航空隊を経て大陸での初陣、そして台南航空隊で太平洋戦争開戦を迎え、ラバウルでの活躍…そして帰国、終戦までが描かれています。
やはり一番ページ数が割かれているのがラバウル時代のエピソード。
無敵を誇った初期から、どんどん優秀な搭乗員が戦死して米軍の巻き返しに苦戦しはじめる中期までの戦いが克明に記されていて、非常に読み応えがある。

上でも触れていますが、ガダルカナルでの空戦からの帰投中にに発見した敵の編隊を戦闘機と誤認して突っ込んだら実は艦爆の編隊で、後部銃座からの集中砲火を受け、負傷した状態で帰還するシーンが圧巻です。
編隊とはぐれた単機で、常に付き纏う諦めの誘惑と戦いながらの長距離飛行。
例え五体満足でも編隊とはぐれてしまうと基地に帰り着くのは大変だと言うのに、負傷した状態でそれを成し遂げた執念にはただただ敬服の念です。

と同時に、これだけの窮地にありながらも、後にその様子を克明に記せるだけの記憶を残していたのが凄い。
並の人間ならパニックに陥って脳内麻薬出まくって、この間何が起こったかなんて殆んど記憶していないのではないでしょうか。
そうした冷静さがあるからこそ、最前線で戦いながらもあの戦争を生き延びる事が出来たのかもしれません。

また、その冷静さは文章全体にも及んでいて、いわゆる軍国的もしくは反戦的なイデオロギーは全く感じられず、あくまで冷徹に訓練の様子や敵機との死闘の様子を描き出しているのみ。
このイデオロギーを排した筆致は、ドイツの急降下爆撃機のエース、ハンス・U・ルーデルの記した「急降下爆撃」がナチス礼賛的な文章が随所に散見されるのと実に対照的。

イデオロギーと言う心の拠り所を捨てて戦いに臨んだその姿勢こそが、後にサムライと言わしめた要因なのかも知れません。


★ 急降下爆撃 感想

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2009年02月28日

クリムゾンバーニング〈2〉聖域なき戦場 感想 三木原慧一

クリムゾンバーニング〈2〉聖域なき戦場 (C・NOVELS)
三木原 慧一
4125007535



一応仮想戦記の体裁を取っているくせに、何とこの2巻では戦争シーンがありません。

その代わりに目の前に迫った日米開戦へと向けた策謀がこれでもかと渦巻き、そうした策謀と時代の波の狭間でもがく事となる伊達と田宮の姿を浮き彫りにしています。要するに次の巻からの本格的な戦争に向けての"溜め"の役目を果たしているのがこの巻というところ。

戦争こそありませんが、伊達の仕組まれた脱走劇や戦争に向けた新兵器の披露、そして英雄として合衆国に凱旋した伊達を待ち受ける妹萌えの甘い罠と、ロリコン大王ベリヤ様が見てるあれやこれ。
後に作者の愛称とまでなる伝説の劇中小説「社会主義はメイドスキー」の第一章…と、数え上げればきりが無いほどの伏線と仕掛とネタが散りばめられていて、決して退屈する事はありません。

思えば最初この作品を読んだ時にはあまりに仮想戦記らしくない作品の造りに面食らったものですが、一度馴染んでしまうとこれが普通に思えてくるから厄い。
この後ネタに走った仮想戦記を幾つか読みましたが、この作品で下地を鍛えていたからこそ楽しめたという側面は確実にあります。


しかし…多分イラストのせいだと思うんですけど、4式中戦車がどう見てもstrv103にしか見えないのはどうなんだろう。
この作品は上記のようにネタ満載で、更には作者の資本主義への皮肉がたんと込められているためにやや霞んでしまってますが、登場兵器も結構アレなんですよね。
技術水準が全世界的に史実より10年ほど進んでいますし。
もっとも、この作品における第二次世界大戦はファシズム・ナチズムとの戦いではなく、社会主義陣営vs自由主義陣営の様相を呈しているだけに、50年代〜60年代のスメル漂う兵器や世情のほうがしっくり来るのも事実ですが。


クリムゾンバーニング1裏切りの赤い大地 感想



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2009年02月25日

戦艦大和欧州激闘録―鋼鉄の破壊神 感想 内田弘樹

戦艦大和欧州激闘録―鋼鉄の破壊神 (GINGA‐NOVELS)
内田 弘樹
4877770747



以前読んでここで紹介した「鉄獅子の咆哮」(※)と同じく、特定の兵器を当時の技術の範囲内で改造し、その兵器用に想定した戦場に投入して実力の程を考察するというタイプの仮想戦記小説です。
仮想戦記と言うよりは純粋な思考実験、本来の意味でのシミュレーション小説と言っても差支えがないでしょう。


日米同盟(+とことん影の薄い英国)vs欧州を制覇したナチスドイツという構図となっている世界。
地中海でドイツ軍によって接収された伊仏の戦艦と戦い大破した大和は、米本土にて修理と大改造を施され最強戦艦に生まれ変わる。
具体的にはアメリカがモンタナ級用に研究開発していた新型砲を搭載され、アメリカ式のダメコンの導入、史実より数年早く発明されていたコンピュータの搭載などなど、最早ここまで来るとチートだろといわざるを得ない大改装振りですが、しかし全て当時の技術の範囲内に収まっているのですから文句は言えない。

そんな新生大和を待ち受けるのはドイツ軍の新鋭戦艦H級フリードリヒ・デア・グロッセとソ連から接収したソビエツキー・ソユーズの2隻を核として、その他各国から接収した有象無象を加えた戦艦群。大和が魔改造を受けてしまった手前、ビスマルク級程度では勝負にならないと言う事で史実では未完成だった二種の大物を引っ張り出して来たなという感じです。
かくして日米の戦艦vs欧州諸国の戦艦という最早浪漫しか存在しない大海戦が幕を開ける…。


なお、大和に搭載された新型砲というのが面白くて、従来の九一式徹甲弾よりも更に重量を増した超重量徹甲弾を撃ち出すものになっています。
当然初速も射程も従来の砲に比べると劣るものの、コンピュータと連動した射撃で中距離砲戦での極めて高い命中精度を実現し、かつ当れば確実に相手の装甲を食い破る砲弾。
もとより命中精度の著しく低下するアウトレンジ攻撃をすっぱり切り捨てて、確実に当てられるシチュエーションに於いて必殺の威力を発揮させるという合理性がなんともアメリカらしい。


所詮は大艦巨砲という淘汰されるべき思想の申し子とは言え、敢えて大艦巨砲の浪漫にこだわって構築された本作品。
例の如くなおざり気味の歴史改変部分や1945年当時まで大艦巨砲主義が幅を利かせている点など、ツッコミどころは色々あるのですが、浪漫優先なので野暮は言いっこなし。
それよりも素直に巨大な鉄の浮かべる城同士の殴り合いに興じるのが正しい読み方でしょう。
特にクライマックスでジェットランド沖に再び各国の戦艦が集い激しい火花を散らす展開は、航空機やミサイルの登場でやがて静かに姿を消していく戦艦の、最期の輝きとして幾許かの寂寥感すら感じさせるものがあります。

やはり今こそ日本はその造船技術をもってして再び戦艦を建造すべき(笑)。


鉄獅子の咆哮 感想


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2009年02月04日

北斗燃ゆ 進撃編 感想 青山智樹

北斗燃ゆ 進撃篇 (ワニノベルス)
青山 智樹
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兵器で戦争の趨勢をひっくり返す事は殆ど不可能(核兵器などの戦略兵器は除く)な事ですが、その不可能に敢えて挑戦した本作品。
それも大型の海底空母とかそう言った類の稀有壮大な超兵器ではなく、木製飛行機という実に地味な兵器でどこまで史実と違う戦いが出来るかが地味に描かれています。

そもそも木製機は金属製よりも重量が重く、接着剤の強度が低いとすぐに空中分解を起こしてしまう難儀な代物だったりします。例えばドイツのフォッケウルフTa154は接着強度不足で墜落事故を起こしていますし、ソ連の誇るLaGG-3も被弾すると接着面が剥がれて空中分解を起こしやすい代物でした。
木製機でまともにものになったのはモスキート位で、実は結構技術的ハードルが高いのではないかとすら思えるわけですが、それを日本で、しかも開戦前に開発というのはちょっと難しいと思います。
まして木製=資材不足を見越した設計というある意味後ろ向きな発想に、当時のイケイケドンドンな軍部がどれほど理解を示すのかも疑問。

作中では山本五十六GF長官がいたくこの木製機「北斗」を気に入るという事で、「一年や一年半は存分に暴れてご覧にいれます。しかしそれから先のことは、全く保障出来ません」と言う名言を残しておられる御仁だけあって、後の資材不足が予想できていたのかもしれませんが。


北斗のデザインについては航空機の力学的な特性に詳しくないので何ともいえませんが、日本らしくないエキセントリックさは面白いです。特に初期の試作型はグローバル・ホークの様なV字尾翼だったり、今度は逆V字にしてプレデターっぽくなってみたりと、斬新過ぎる設計が微笑ましい。
また、主翼に無理矢理大きなエンジンナセルを双発で取り付ける設計は往年のソ連機(Yak-28とか)を髣髴とさせるものがありますし、更にプッシャー式にしてエンジンナセル前方に20ミリ機関砲を4門ずつ…機首の4門とあわせて20ミリ12門という超火力にも最早微笑みを禁じえないものがあります。
零戦なんて20ミリ2門の発射反動で主翼がたわんでいたのに、左右で8門一斉発射したら主翼がちぎれてもおかしくない様な。

"ボクの考えた超兵器"程のプリミティブな魅力はなく、しかし兵器としての説得力もなく、かなり立場的に苦しい北斗ですが、戦局に寄与する程度が極めて少ないというか、殆ど無いに等しい点については評価したいです。
この本で描かれるのはMO作戦まで。
改変部分はレキシントンだけでなくヨークタウンを撃沈した事と、治安維持と連合軍の反攻に対する備えもままならない状態でのポートモレスビー占領成功だけです。
北斗が配備されたものの史実どおり翔鶴は中破しますし祥鳳は撃沈されるし、MI作戦発動に伴って主力はミッドウェー方面に回される事となり何時までポートモレスビーを維持できるかは全くの謎。

しかし、ヨークタウンが沈んでいると言う事は、米軍がミッドウェーに投入できる空母はホーネットとエンタープライズのみになるので、また違った展開があったかも。
いずれにせよ別に北斗が無くても起こり得たかもしれない分岐でしかないですし、アメリカの月刊エセックス&週刊カサブランカが始まったらどの道ボッコにされるのは間違いないだろうというのは無粋な指摘か。


本には「進撃編」とあるので、作者的には続巻を予定していたのかもしれませんが、残念ながら続巻は無し。
やはり地味な内容が受けなかったのでしょうか。

1/700 ウォーターライン新シリーズ 翔鶴1/700 ウォーターライン新シリーズ 翔鶴

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2009年01月07日

緋色の狐―SOS!朝鮮半島へ出撃せよ 感想 大石英司

緋色の狐―SOS!朝鮮半島へ出撃せよ (カドカワノベルズ)




拉致された米国人農学者の救出を命じられた救難飛行隊が、閉ざされた国北朝鮮に挑む…という概要は、日朝政府が拉致問題を公式に認めた今となってはそれ程刺激的なものではありませんが、この本が出版された10年前ではなかなか目の付け所が鋭いなあと感じさせるものがあります。
というか、一部の情勢部分を書き換えれば2009年の今出版しても普通に通用する作品です。むしろあの国の偉い人が色々と大変な事になっている今だからこそ意義があるというか。
具体的に書き直す部分なんて、たぶん原稿用紙換算で10枚分も無いでしょう。

しかしこれは逆に言うと、北朝鮮を取り巻く情勢というのは10年前からほとんど変わってないと言う意味でもあります。
この10年で変化した事と言えば、拉致を日朝政府が公式に認めた事と核兵器の存在が追加された事位で、相変わらず国内の不穏な噂は絶えないですしアメリカは北朝鮮に甘いですし。
ここ数日アメリカはイスラエルにばかり甘いとの批判の声が聞こえてきますが、僕から見たら北朝鮮にも甘いです。劇甘です。
もちろんこの作品にもアメリカの北の政権に対する煮え切らない甘さが描かれていて、つまるところ金政権を維持させるという一点で北とアメの利害が一致してしまった所に日本が狩り出されるという実にイヤンな話。
こんな茶番で犠牲者がバタバタ出たらとても不愉快になりますが、幸いそれ程派手な犠牲は出なかったのは救いか。


北朝鮮北部の山岳地帯に不時着したイエローホークのクルー一行と農学者サリーによる逃亡劇はそれなりに面白い展開でしたが、いかんせん短い。
北朝鮮入りするまでに半分近く頁を費やしてしまっていただけに、ここからが本番だというところで一気に詰め込み展開をやらないと畳めなかったのが痛い。
大石先生の作品は大体にしてそういう傾向があるんですけどね。伏線を終盤で一気に回収しようとするので慌しくなってしまうというか。
話の目の付け所は面白いのにいつもそれで損しているなあ…。




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2008年12月21日

密林の戦車狩り 感想 東郷隆

ヘルガ〈2〉密林の戦車狩り (小学館文庫)
東郷 隆
4094053824




いやあ面白かった。

アフリカの現実を直視すれば、安易に面白いなどと評するのは実に不謹慎極まりない事と承知していますが、他に巧い表現法が思いつかないので御容赦願います。
決して単純な娯楽としての意味で面白いと言う言葉を使っている訳ではありませんので。

1巻の「褐色の装甲」では戦車同士の戦闘をクライマックスに据えて、戦車という兵器のもつ暴力性を描き出していましたが、この2巻では戦車が人間に与える心理的な圧迫感とでも言うべきものが描かれています。
本編の大半はジャングルを舞台としたゲリラと正規軍との戦闘となっていて地形的にあまり戦車の出番が無い戦場なのですが、それだけにゲリラ側の戦車――ヘルガ――の存在感は大きい。
地形の問題で本来の機動力を発揮できないとしても、相手側に戦車が無ければ機動力の低下などたいした問題ではありません。
その圧倒的な火力と小火器程度では引っ掻き傷程度しか与えられない装甲は、与する者には勇気を、そして対峙するものに絶望を容赦なく与えます。

切り口は若干変わっているものの、作者が描き出そうとする戦車の本質と言う部分に関しては1巻の時と同じ。その点ではいっさいぶれていません。
戦車とは――人間の希望をその鉄の履帯でもって踏みしだく為に生まれた兵器。


いわゆる仮想戦記と違ってイデオロギー要素は低く、ただ凄絶な戦闘シーンが淡々と描かれるので人によっては不快感を感じるかもしれませんが、ある意味これが正しい戦争小説の姿なのかも知れません。


褐色の装甲 感想


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2008年12月15日

クリムゾンバーニング 1巻 裏切りの赤い大地 感想 三木原慧一

クリムゾンバーニング〈1〉裏切りの赤い大地 (C・NOVELS)
三木原 慧一
4125007519



世の中に仮想戦記は星の数ほど存在し、中でも日米戦を取り扱った作品がその大半を占める中にあって一際異彩を放つこの作品。
ロシア革命に失敗した一派がアメリカに亡命し、そこで共産革命を成功させてしまったと言う悪夢のような世界が舞台となっています。
ソ連以上の工業力を持つ国家が共産化…考えただけでも赤い血潮が燃える恐ろしい。

フィリピンの内戦に義勇軍と言う形で参戦している赤化アメリカと、日本をはじめとする自由主義陣営諸国の衝突が1巻で描かれますが、おそらくはこの戦いを通して史実とは異なる第二次世界大戦へと発展していくのだと思われます。
史実でいうとフィリピン内戦=スペイン内戦に置き換えても問題ないでしょう。
実際にはスペイン内戦にはソ連とナチという二大独裁国が首を突っ込んでいるわ、世界各国から共産主義に憧れた若者達が義勇兵として駆けつけるわでもっと複雑な構図を成していたのですが、たぶんその辺まで反映させて真剣に描くと単行本3冊分くらいの分量になりそうな気も。
実際この本で描かれるのはかなり限定された戦場だけです。

限定された戦場だけを描くとなるとどうしても全体の構図は見えにくくなるのですが、しかしこの作品は大きな視点で大戦略の妙を愉しむ系統のものではありません。
特定の個人――主人公伊達と、彼を裏切ってアメリカに寝返った親友田宮の愛憎劇?が物語を貫く軸となっていて、そこに鬼面の指揮官鬼貫田や奇人辻政信などの面子が華を添えるという展開。
また、敵である赤化アメリカ側の人間ドラマもコミュニズムに対する諧謔をふくませながら描かれているのも特徴。
敵には人間性を認めないが如き戦記作品が氾濫する中、これは非常にポイントが高い。


それにしても三木原先生は社会主義に対してたっぷりとペーソスを盛り込んではいるものの、社会主義ヘイトという感じではないのが厄い。
もちろん僕個人の感覚としては、特定の思想を全肯定して、それのアンチテーゼとなる思想を全否定する在り方の方が気持ち悪くて危険な代物だとは思うのですが、それでも社会主義に対してはあまりに悪いイメージが定着しすぎていますからね。
人を選ぶ作品なのは間違いない。





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2008年11月21日

鉄獅子の咆哮―満州1945 感想 内田弘樹

鉄獅子の咆哮―満州1945 (歴史群像新書)
内田 弘樹
4054030238




志は高く目指すは黄色アーリア人。
ウンターメンシェの座に甘えるな。あの輝ける鍵十字の旗の元に、集えドイッ厨ラントの同志達よ!


…一口で言うとそういう小説です。
とにかく日本人にドイツ軍のコスプレをさせて、ドイツ軍の戦車に載せて、憎きロスケをちぎっては投げーの、ちぎっては投げーのをさせる為にはどうすればいいか…という着想で歴史を再構築した怪作。

史実ベースでソ連と開戦すると、米ソに挟撃されて1年で降伏と言う厄い結末しか見えてきません。
そこで、満州国成立時の経緯を改変して米国との開戦を避ける方向に持って行っていますが、かなり無理があるのは言うまでもありません。満州国の成立そのものを見送ればあるいは対米戦は回避出来たかもしれませんが、それだと大陸を舞台に押し寄せるソ連軍をちぎっては(以下略)の状況を作る事は不可能ですし…これは前提からして無理があるのでは…。

更にウルトラCとして、主人公野上武(これの作者の人に違いない)達はドイツに義勇軍として派遣され、武装SSの一員として戦って来たという設定があります。
戦争末期で兵員が致命的に不足してからは外国人もSSに受け入れていましたけど、それまでは外国人――それも有色の劣等人種(!)をSSなんぞに受け入れた日には、ナチスの掲げる人種イデオロギーが瓦解してしまうのは言うまでもありません。
ただ、作中でSSはヒトラーの私兵じゃない云々と言っていたので、我々が知るナチスやSSとは違う思想と生い立ちを持つ組織と言う可能性もなきにしろあらず。
違う可能性の分岐を歩んだ所謂平行世界という奴ですね。
仮想戦記なんてみんな平行世界ですけども。

ともかく、SSの一員として鍛えられた主人公達がドイツ降伏時に米軍の捕虜となり、今度はアメリカの傭兵としてアメリカと日本が共同で魔改造したX号改パンターU(鹵獲したパンターに増加装甲と65口径長10センチ砲を搭載した戦車)を受領し、満州に押し寄せる赤軍と戦うという話です。
つまるところ赤軍による暴虐の嵐に立ち向かうにはアメリカの後ろ盾が無いとミリと言うこの上なくロマンが無い現実を突き付けられる訳ですが、こればかりは事実なので仕方が無い。
むしろそこに至るまでの改変劇がかなり苦しいものばかりでしたから、嫌だろうと何だろうとアメ公がいなきゃ何も出来ない現実を持って来る事でプラスマイナスゼロになっている所もある訳で。


なお、本作品の真の主役たる魔改造戦車は日本側だけでなく、ソ連軍もでっち上げて来ます。
占領したドイツ国内の工場から入手した128oPAK44をИС-3の砲塔を大型化して乗せたゲテモノ戦車"Объект"がそれ。
外見的にはИС-7(Объект260) に似ている感じですかね。
オブイェークトと言う言葉は「対象」と言う意味なので、車両の固有名詞にするのはどうよと言う気もしますが、ソ連の戦車を語る上では欠かせない要素の一つであり、神に捧げる祈りの言葉でもあるのでネタ優先と思って納得しましょう。というか納得しろ。
壮大なネタ小説なんだから…w

作者が若い事もあって、三木原メイドスキー氏程突き抜けた悪ふざけに至っていないのがやや残念ですが、随所に散りばめられたゲームネタ、アニメネタなどなど、将来性を期待させるものはあります。
設定の小ネタは充分なので、後は登場人物を良い感じにイカレさせることが出来ればより面白くなると感じました。



ラベル:内田弘樹
posted by 黒猫 at 02:29| Comment(0) | TrackBack(1) | 戦記・ミリタリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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