戦場カメラマンとして世界各地の紛争地帯を巡り、人の狂気を撮影し続けてきたフォルケス。
現在はカメラを捨て、地中海に面した田舎町の望楼に住み、一人で戦争の壁画を描き続ける日々。
そんな彼のもとにある日、もとクロアチア民兵のマルコヴィッチという男が現れる。
曰く、ユーゴ内戦の折フォルケスに撮影された事がきっかけで、セルビア人に囚われて拷問を受け、家族も失ってしまった。その復讐としてフォルケスを殺害しに来た…との事。
追いつ追われつのサスペンス的な展開になると思いきや、フォルケスとマルコヴィッチの6日間の対話を軸に、彼等が戦争の中と外で見て来た狂気を通して、人間の生きる理由と殺す理由を一種のメタ視点で綴る形而上学的作品。
全編を通して訥々とした語り口ながら、その圧倒的な閉塞感が凄い。
人の生死の瞬間を自らの人間性を排して撮影し続けてきたフォルケスの態度が、ありふれたヒューマニズムのフィルターを通さない生々しさを演出していて、決して目を逸らしてはいけない世界の現実の姿が垣間見える。
作者自身そうした現実に対して是とも非とも言及しないのは、作中のフォルケスと同じくもともと戦場ジャーナリストだった経験からなのか。もちろん是非を語らない事によって、事態を露悪的に見せる効果を狙っているのではあると思うけど。
終盤のフォルケスとマルコヴィッチの対峙と、そこから一気に雪崩落ちるような終末に関しては、様々な解釈が出来そうなのでちよっと感想をまとめにくい。
結局のところカメラマンもまた狂気を内包した存在に過ぎないと判断したのか、或いは恋人を失った時点で彼はもう死人同然の存在になっていたのか。
たぶん読んだ人の数だけの解答がある気がする。
重苦しい内容と異常な文字密度ながら、一度読み始めるとその吸引力は物凄く、自分自身が暗い塔の中で絵を描きながら語り合う二人の男を部屋の隅で眺めているような感覚に囚われます。
なかなか読み応えのある作品でした。たぶん絵画や写真の技法に詳しければもっと味わい深いものがある筈。
戦場の画家 (集英社文庫)Arturo P´erez‐Reverte