日本にはハードボイルドと呼べるものはないのか。
今まで国産のハードボイルドと銘打った作品を色々読んできましたが、裏切られるケースが殆どで、もはや日本人にはハードボイルドは書けないという諦観めいたものを持つに至ってしまいました。
だってハードボイルドとか言いながらただのバイオレンスだったり、濡れ場ばっかりで一体どこが自己の規範に従って生きるタフな男やねんそれただの盛りのついた犬じゃない!(ルイズ様口調で)みたいなのばっかりですよ。そりゃ暗澹とした気分にもなりますて。
そんな折に知り合いに進められた本書、感想はというと・・・。
間違いありません。完全にハードボイルドです。
海外の元祖ハードボイルドとの違いを挙げるとすると、ややプロットが込み入っていてミステリー要素が強くなっている程度でしょう。このミステリー要素に関しても、下手なミステリーにありがちな、誤読を誘う要素を随所にばら撒くものではなく、ロジカルに組まれた謎を段階的に展開させていくという、悪く言えばやや理屈っぽい構成となっています。
また、硬質な地の文ではありながらも、情景が浮かんでくるような緻密な描写や全編を通して冷たい雨が降りしきるようなムードもとてもデビュー作とは思えない完成度です。
ただ惜しむらくは主人公に浅からぬ因縁があり、ある事件を境に失踪、以後時々事務所近辺に出没しているという、かつての事務所所長の存在意義があまり無かった事。
ものすごく思わせぶりなキャラクターなんですけどね。
シリーズものなのでもしかすると後の巻にて何らかの役回りを演じているかも知れません。
気になる点というか、やっぱり日本人だなあと思った点。
事件に深く関わる小道具として登場する拳銃が「銃身の長いルガーP08」なのですが、銃身の長いルガーと言うとアーティラリーモデル、またはランゲ・ラウフと呼ばれる8インチ砲兵モデルだと思われます。砲兵モデルのルガーはアメリカのガンマニアの間ではものすごいプレミア銃(普通のルガーも結構プレミア)で、目玉の飛び出す様な価格で売買されていますので入手は極めて困難な上に、ルートが限られる=足が付きやすいという図式が成立してしまう筈です。
犯罪に使うにはこの上なく不向きな拳銃なのですが、やっぱり日本ではルガーとかワルサーがキャッチーなので登場したのでしょうね。
なお巻末に、本作の事件から2年後、主人公沢崎が事件に関わったある人物から取材を受けるという形式でハードボイルド(主にチャンドラー)についての所感を述べる短編が収録されており、沢崎の口を借りて作者なりのハードボイルド観が語られるのには興味深いものがありました。
この沢崎シリーズ、全巻読んでみたいと思います。