2007年12月07日

忘却の船に流れは光 田中啓文

忘却の船に流れは光忘却の船に流れは光
田中 啓文

早川書房 2007-05
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年末は何かと慌しくていけません。


さて、この作品の作者は、あの田中啓文です。
駄洒落で人類を滅亡させたあの問題作家です。
もちろんこの作品も掛け値なしに問題作です。

外界と壁で隔てられた「世界」。そこは5つの階層に分けられていて、最上階に位置する「殿堂」と、その徒である「聖職者」によって管理されている。
殿堂の聖職者見習いブルーは、ちょっとした偶然から悪魔崇拝者と呼ばれる反殿堂分子の摘発に参加する事になり、数奇な運命に巻き込まれてゆく・・・。
こう書くと、まるでデストピアSFみたいに感じます。

「壁」の外には「ホシ」や「シンクウ」と呼ばれるものが広がっていて、人はそこでは生きられない。だから殿堂は「世界」の住人が「壁」に近づく事すら許さない。
こう書くと、まるで巨大移民船で何世代にもわたって宇宙を彷徨う物語みたいに感じます。

しかし、その実体はと言うと、例の如く最後の1Pの駄洒落の為に、練って練って練り込んで、煮込んで焼いて油で揚げて・・・と、途方も無い手間暇をかけて準備された前フリ作品だったのかも知れません。
この人の作品は、仮に500ページあるとしたら、499ページまではプロローグです(笑)。なんと贅沢な物語でしょうか。
正直、終盤まで全く駄洒落が出てこなかったので、ああ、今度は田中も(著しく失礼)心を入れ替えてちゃんと物語を紡いでいるんだな、多少グロがあるけど、牧野修とか好きな人なら全く許容できるレベルだし、今度の田中は(激烈に失礼)一味違う・・・!
と――そんな事を思ってました。ええ、僕も若かったんです。

・・・とか言いつつ、この作品が仮に最後の1文字まで駄洒落無しだったらどうだったかというと、実はそれでもああ、なるほどと思える物語です。
ブルーとヘーゲルの関係に関してのみ、それはどうよと思わせるものがありましたが、最後に綺麗に時の円環が繋がる辺りは流石です。
古今東西の名作SFのテイストを色々盛り込み、中盤では大掛かりなミスリードを誘う罠を仕掛け、終盤で小気味良くひっくり返していく構成も素晴らしい。
ここまで書けるのに、敢えて最後に脱力ネタを仕込む事で、真面目なSFファンを怒らせている気がするんですよね、この人は。
自ら進んで荊の道を行くと言うか、そんな作者に乾杯!であります。


ラベル:書評
posted by 黒猫 at 22:14| Comment(0) | TrackBack(0) | SF | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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