2007年10月24日

ソラリスの陽のもとに スタニスワフ・レム

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ソラリスの陽のもとに (ハヤカワ文庫 SF 237)ソラリスの陽のもとに (ハヤカワ文庫 SF 237)
スタニスワフ・レム 飯田 規和

早川書房 1977-04
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SFをある程度齧ると、大抵行き着くのがスタニスワフ・レムの著作らしい。
以前からその存在は知ってはいたものの、文学的とか評されていただけに、ちよっと手を出しにくかったレム。難解な作品は個人的に苦手なんだけど、本読みとしてはここで尻尾を巻いて逃げるのもアレなので、思いきって読んでみました。

何というか、予想していた難解さとはまた違った難しさですね。
基本的に物語としては非常に面白く、かつ読み易いです。プロットがあまり複雑ではない事、物語の舞台と登場人物が限られている事など、小説としての難解さは殆どありません。
一応SFと言う事で、物語の外側にはSFらしい壮大な設定が散見できますが、これも本作品においてはあくまで雰囲気を醸す為のスパイス程度のものです。

では本作品の主題は何かと言うと、異なる生命(精神と言い換えるべきか)との接触。しかし接触相手の「ソラリスの海」は生命としてのあり方も、その思考も人類の理解の範疇では量れない相手。
そこには人類に比べて偉大だとか、逆に矮小だとか、そう言う次元さえ超越した断絶しかありません。
ただもう、そういう相手だと、そういう存在もこの世にはあると、それだけを提示して物語は終わります。
これは、何でも自分の尺度に物事を当てはめて解釈しようとする行為への皮肉でしょうか。自分の尺度で物を考えるから、そこに当てはまらない事柄に対しては怒りや恐怖が生まれ、それが争いにも通じる・・・という。

ホラー作家の倉阪鬼一郎氏は、本作をホラーだと評していますが、確かにそういう要素もあります。
特に前半部の、ソラリス観測基地に主人公ケルビンが着任した直後。
基地に常駐している研究員達のあからさまに不審な態度、そこにいるはずの無い存在が基地の中を静かに徘徊し、やがてケルビンの元にもかつて死んだ筈の恋人が、当時の姿のまま現れて・・・というくだりは、下手なホラーよりも怖かった。
中盤以降は、この死んだ恋人もまた、ソラリスの海がケルビンの記憶を元に作り出した擬似生命だと明かされますが、今度は自らの罪の意識と心の傷に向かい合う贖罪の物語に。

上で書いたソラリスとの接触が物語の本流だとするなら、この自らの心の傷と向かい合う展開は本流と密接に繋がった支流で、人類とソラリスとの在り方の違いをなお際立たせています。
当然かなり心理描写にウエイトが傾いていますが、あくまで第三者視点での心理描写を貫いているのは見事。心理描写とは諸刃の剣で、巧く決まれば物語に深みを持たせられますが、失敗すると目も当てられない惨状となります。
特に作者自身が特定の登場人物に入れ込んでしまい、物語の方向性すら曖昧にしてしまう心理描写を取りとめもなく書き連ねる事を僕は、「自らの筆の勢いに酔った」と呼んでいますが、この作品に関してはそんな惨状に陥ることなく、理想的な形で決まってますね。


とりあえず、ちょっとでも心に引っかかるものがあれば読んでおけと、そういう作品。読む価値は限りなく高いです。



//余談//
今回読んだのはハヤカワ文庫版ですが、これはロシアで出版された、オリジナルのポーランド語をロシア語訳したものを、更に日本語訳したものなので、よりオリジナルに近い物を読みたいなら数年前に国書刊行会から出版された版を推薦します。
ラベル:書評
posted by 黒猫 at 15:27| Comment(4) | TrackBack(1) | SF | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
私も「難解=読みにくい」と覚悟して読んだので、同じくちょっと拍子抜けしちゃいました(^^;)。
タルコフスキーの映画が難解・・からそのイメージが来てたのかもと思います。

「ロシュ・ワールド」を読んだ時、同じファーストコンタクト物として、ソラリスを思い出したのですが、「ロシュ・ワールド」の異性人は、ソラリスと同じ様に全く違う生き物でありながら、いろいろやってくれて面白かったです。
もう読まれたかな?
Posted by ちょこ at 2007年10月25日 00:29
ちょこさんこんばんは〜。

・・・って、ちょこさんの読書の幅の広さにまずは感動です。見習いたいですよ〜。
で、映画版ですが子供の頃見た記憶がありますが、何だか暗い話だったのと、カメラワークが独特だったのしか覚えていません。今こうして原作読んだ上で改めて視聴すると、違ったものが見えてきそうです。

>「難解=読みにくい」

すっかりその図式かと思っていました(汗)。
いざ読んでみると情景がするすると頭の中に入ってくる感じで、予想外に読みやかったのは意外でした。

「ロシュ・ワールド」はまだ未読ですが、どんな話か検索してみた所、なかなか面白そうな雰囲気。近日中に読んでみますね。
Posted by 黒猫 at 2007年10月25日 21:50
お褒め頂いてありがとうございます(^^)。
でも、誤解です〜。
読書傾向は普通より偏ってると思います。
SFは昔周囲に触発されて少し読みましたが、最近はホラーばっかりだし(^^;)。
みんなが読んでるようなのを全く読んでなかったり、私から見れば、黒猫さんのほうがたくさん読んでて、すごいと思いますよ〜。
いつも参考にさせて頂いてます(^^)。
Posted by ちょこ at 2007年10月26日 20:33
ちょこさんこんばんは。

いえいえ、僕もちょこさんの感想を参考にさせてもらっている部分が大きいですよ。
なにぶん本腰入れて読書するかぁーと思い立ってこのブログを始めた様なものなので、積み重ねはあんまりありません。積み読は沢山ありますけど(汗)。
それで、いろいろな書評サイトさんの記事を参考にしながら手探り模索中といった感じです。

>みんなが読んでるようなのを全く読んでなかったり、

多分僕もこれに該当しそうな気が・・・。
好きなジャンルが1.SF 2.冒険 3.ホラー という偏り加減なので、どうしても日陰の作品が多くなってます(笑)。
Posted by 黒猫 at 2007年10月26日 21:35
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『虚数』スタニスワフ レム (著)
Excerpt: 人体を透視することで人類を考察する「死の学問」の研究書『ネクロビア』 バクテリア
Weblog: Anonymous-source
Tracked: 2007-12-01 21:25

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