ハードボイルドと呼ばれるジャンルを開拓したのがハメットで、この「マルタの鷹」はハメットの作品群の中では珍しい長編となっています。
サンフランシスコの私立探偵、サム・スペードが受けた依頼、それはただの家出人探しの筈だった。しかし自体は思わぬ方向へと転がり、やがて中世マルタ島の騎士団がスペイン皇帝に献上すべく製造した黄金の鷹を巡る争奪戦に・・・。
元祖ハードボイルドだそうです。
一切の心理描写を排除した作風は、お涙頂戴が好きな日本人にはちょっと受け入れにくいと思いますが、スペードのエキセントリックな性格を描く上では充分アリというか、むしろこうでなかったらスペードと言うキャラクターの味わいを殺してしまう気がします。
チャンドラーは台詞回しで微妙に心理を表し、スピレインは思いっきりストレートにハマーの怒りに満ちた内面を描いているのと比べると、原理主義ってこういうものなんだとちょっと意外でした。
物語自体は至ってシンプルです。疑わしい人物はやっぱり真犯人でしたし、込み入ったトリックなんか全くありません。江戸川乱歩がこの作品を酷評したという逸話を聞いた事がありますが、確かにこれは本格派好きの人には「ナンダコレ?」でしょう。
この作品の魅力は偏にスペードという人物にどこまで感情移入できるか、という一点にかかっています。
僕はこの自分勝手で反抗的で、口が悪くて意外に小心で、時々瞬間湯沸かし器な私立探偵に大いにシンクロ出来ましたので、実にスリリングな数時間を味わえました。
特に最後の章で、殺された相棒の敵を討つ際に
"屑野郎だった。契約が切れたら放り出すつもりだった。殺してくれて感謝している位だ"
等と言うシーンがありますが、それならここまで事件に首突っ込む必要も仇を取る必要も無い訳です。その点を指摘されると、探偵としての面子が云々とやたら長い台詞を言い出しますが、果たしてそれは本心かい?って感じで。必要以上に台詞が長い時って、得てして人は嘘を付いている時です。
こういう所で、心理描写を敢えて入れない手法が活きて来るんですよねー。
こういう微妙に小物な主人公、実にイイ!
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