関東軍風速0作戦―対ソ気球空挺侵攻計画の全貌 (光人社NF文庫)
鈴木 敏夫
世間一般的には風船爆弾として知られる日本軍のふ号兵器。
風船という牧歌的イメージのせいで、当時の日本軍の技術的に未熟だった部分を強調する際に引き合いに出される事も少なくないようですが、当時太平洋を超えて北米大陸まで到達可能な兵器なんてこれ以外存在しません。まだICBMなんて無かった時代に、大陸間攻撃が可能なふ号兵器。これを原始的と笑うのは自らの無知を曝け出しているようなものです。
風船本体にしても、和紙に蒟蒻糊という製法は一見すると原始的にも思えますが、苛性ソーダ処理の化学反応を利用して靭性を持たせるなどしっかりとした工夫がなされています。また同じ浮揚力を持つゴム風船より軽く気圧の変化による膨張や収縮に対しても強い点も見逃せません。
実は結構考えこまれた兵器だったんですね…インスピレーションだけから生まれた様なパンジャンドラム等よりは。
とは言え、本書は北米を攻撃するための風船爆弾そのものを取り扱ったものではなく、ふ号兵器を挺進攻撃に使おうと考えた技術者の苦闘(実際は結構楽しそうでもある)の記録。
具体的には満州から兵員を吊り下げた風船を飛ばせばロシア沿海州方面に対する浸透戦術が可能なのではないか?という話です。
アイデア的には面白いものの、いかんせん風まかせの風船なので部隊が分散してしまう危険性や、高空での兵員の防寒対策といった現実的な課題が山積していて、結局はお蔵入りとなってしまうのですけども。
結果はあまり宜しくないものとはいえ、過程はなかなか楽しそうで、テスト用風船に自分でぶら下がって空を飛んだりとか、ああこれ俺もやってみてぇ!と思えるものでした。
余談だけど、この研究資料をもし満州に侵攻したソ連軍が入手していたらどうなっただろうかと想像するとなかなか楽しいです。
何せ「雪の上ならパラシュート無しで飛び降りても兵器なはず!」と閃いて、兵員を輸送機からパラシュート無しでばら撒いて雪原に無数の深紅の花を咲かせたり、コンテナに緩衝材として藁を詰め込んでその中に兵員を入れて空から落としてみたりと、人命をチップにした諸々のエクストリームギャンブルには事欠かない国家です。風船に兵員ぶら下げて日本海超えさせれば日本本土攻撃余裕じゃね?とか考えて、結果日本各地に凍死したロシア兵が降り注ぐ様な喜劇をやらかしてくれたかもしれない。
いや、それどころか兵員ぶら下げたままアメリカまで飛ばそうとしたかも。(実際アメリカはふ号兵器を使って日本軍が工作員を送り込んでくる事を警戒していた)
うーん残念。