ヒュペルボレオス極北神怪譚 (創元推理文庫) クラーク・アシュトン・スミス 大瀧 啓裕 東京創元社 2011-05-28 by G-Tools |
クトゥルー神話の括りの中に含まれてはいますが、独立で自己完結した世界観を持つ作品ですので、あまりクトゥルー云々は考えずに読んでもいいかも知れない短篇集。
なお、ヒュペルボレオスはかつて現在のアイスランドの辺りに存在したとされる架空の大陸でツァトゥグァの棲まう地でもあります。
で、この作品を一連のクトゥルー系譜の中に位置づけるとすると、原典の様な宇宙的恐怖という訳でもなく、かと言ってダーレス作品のような大風呂敷を広げている訳でもないなかなかに面白い立ち位置に感じられますね。
「白蛆の襲来」の様に邪神に近い存在を人の身(魔導師ですが)で倒してしまう話もあれば、「氷の魔物」の様に人知の及ばない圧倒的理不尽の存在に翻弄される話もあり、「七つの呪い」の様にどこか童話めいたシュールさを持つ作品もあると思えば「土星への扉」みたいに微妙にコミカルな作品もある。
敢えて語弊のある言い方をすればいいとこ取り的な味わいですから、原理主義的な視点で見るとやや引っかかる部分もあるかも知れません。
とは言え、最初に述べたように安易なギミック借用作品ではなく、独自の世界観を構築している作品でもあります。
「あまりクトゥルー云々は考えずに読んでもいいかも知れない」と書いたのは、まさにその点にかかってくる部分で、コズミック・ホラーではなくファンタジーとして読めば素直に楽しめますよって話なんですね。作品としての完成度自体は非常に高いですし。
個人的には魔導師エイボンと異端審問官モルギの、サイクラノーシュを舞台にした追いつ追われつ珍道中「土星への扉」がとても面白かった。最後は二人仲直り?してサイクラノーシュの地でのんびり余生を過ごしましたとさ的な終わり方も、後味の悪いオチが多いこの手の作品の中では異色と言えば異色。
ちなみにエイボンというと、あの「エイボンの書」の著者であるエイボンです。後世を舞台にした作品ではどこかおどろおどろし気に語られるエイボンですが、当人は案外普通のおじさんなのが微笑ましいですね。