19世紀、まだインドがイギリスの植民地だった当時を舞台に、実在した殺人を教義とする宗教的秘密結社「タグ」のリーダーラージ・シンの半生を描く歴史読み物です。
タグとはカーリー神を崇拝し、業に苦しむ人たちを転生させるべく独自の武器「ルマール」でもって絞殺し、その持ち物を頂く(彼ら曰く強奪目当てで殺めてはいけないそうです)事を生業としています。ラージ・シンは少年時代にふとしたことでこの結社に関りを持ってしまい入団、巨大なコブラ「ナーガ・ラージ」を倒した事でリーダーとしての頭角を著して行きます。
教義と人間としての良識の狭間で苦しみつつも数々の試練と出会いを繰り返しながら着実に成長してゆくシン。しかしある時亡き父親の敵の存在を知ったシンは、結社を挙げて敵討ちに向かい、無事敵を討ちますがイギリス当局に目をつけられてしまいます。
彼の前に立ちはだかるのはイギリス植民地軍のウィリアム・スリーマン。最新の武器と堅実な戦術の前には個人戦においては比類なき強さを誇るタグとて到底太刀打ちできずに敗走、シンは妻のクマール達と共に落ち延びますが、道中奪った装身具がもとで当局に遂に捕縛され、塔に幽閉されてしまいます。
そして数十年の時が流れ、インド各地で反英暴動が頻発し始めた19世紀後半。かつてのタグの系譜に当るとされる集団がシンの幽閉されている城に押し寄せてきます。彼らの要求はシンの開放。しかもリーダーはシンの妻だったクマールの孫娘。
しかし塔の窓に現れたシンは意外な言葉と行動に移るのでした・・・
作者の東郷氏といえば昔PCエンジンでゲーム化もされた「定吉七番」を執筆し、80年代末〜90年代初期の戦記ブームの頃はアフリカの小国を舞台に一両の戦車とそれに纏わる人々を描くヘルガシリーズなど世間の流行の斜め上を行く作品を発表してきました。その後数年の沈黙期間を経て洋式大砲を軸にしたこれまた斜め上の幕末もの「大砲松」で吉川英治文学賞を受賞した事でも有名です。
どうも大砲や古い銃器に造詣が深い様で、この作品においてもエンフィールド銃や当時の山砲等の描写が妙に細かい。こうした過渡期の火器は日本では完全にミッシングリンクとなっている(火縄銃からフリントロックや雷管式を飛ばして金属薬莢に変りましたので)だけに、実に興味深く読めます。
また植民地時代のインドの歴史や風土も細部に至るまでリサーチした上で書かれているのが良く伝わってきて、インドに興味のある人なら楽しめると思います。総頁数が500頁以上という大作ですが、読みやすい文体と個性的な登場人物の魅力も相まって3日程で読了しました。
34冊目
ラベル:蛇の王