藤谷治 北沢平祐
閉じた時間の環に囚われて、同じ時間を延々と繰り返すSFは昔から色々ありますが、この作品は停止した時間に囚われてしまった者の戸惑いと恐怖と諦念と狂気を描く一風変わった作品。
時間が停止していると言っても普通に人々は通りを行き交い、一見すると何の異常もない普通の世界。しかしテレビは同じ番組を描く延々繰り返し、時計の針は同じ時間を指し続け、そして太陽の位置もずっと固定で変わらない。
そして停止した時間に囚われた主人公の背中には謎の麻袋が張り付いていて…。
最初は一応時間SFかと思ったんですけど、SFと違って事象を論理的に解説できないので、どちらかというと幻想文学に近いかも知れません。
すこし前に2ちゃんねるで「>>1が糞スレ立てている間に文明はどんどん発達していく…」という煽りAAがありましたけど、感覚的にはあれをすごく連想させます。
フリーターの青年が停止した時間に囚われ、その中で自堕落に生きて行く。時は停止している筈なのに、自分の周囲以外の目に見えない場所では時が動いている事を伺わせる出来事が起きている。
そして何より、自分自身確実に年老いている。不可思議なガジェットを使用してはいるものの、その背後に見え隠れしているのは極めてリアルな諸事。
リアルすぎて説教臭さまで感じてしまう位に。
ここ近年、自由の解釈が急速に拡大したのと同時に、随所でレッセフェールが叫ばれるようになりました。どんな末路をたどろうと文句言わないから自由にさせろ、放っておいてくれ、定型的な生き方を押し付けないでくれ…などなど。
主人公の青年が閉じ込められた閉じた時間世界はまさに究極的なレッセフェール。時間が停止しているから一日中寝ていても構わない。泥棒を働いても露見しない。クレジットカードを使いまくっても請求されない。何をするのも自由放任の世界。しかしそれは一般的な人達の時間から切り離された無縁の世界でもある。
中盤で世間の感覚と相容れない価値観を持つヒロインが主人公の時間世界にやってきますが、最後には出て行ってしまい、主人公は無縁の世界で一人ひっそりと死んでいく。
自由とは社会のしがらみから解き放たれる事ですが、それは縁や絆から切り離される事でもある。それでもあなたは自由が欲しいですか?と問いかけられているような気がした。
最後の最後で背中に張り付いていた麻袋から死んだ主人公が転生?するのは一つの救いかな?
転生したのが主人公と同じ人間かどうかは明言されてないけど、死んだ主人公との記憶に連続性が伺えるので同じ人物と思っても差支えはないと思う。
転生した彼が今度は本来あるべき時間の中で生きる道を選ぶか、あるいはまた自由を求め朽ち果てていくか、それは神のみぞ知るです。