
東京の下町を舞台にして描かれる、ノスタルジックな雰囲気のホラー短編集。
個人的には下町と言う言葉に思い入れはないし、ノスタルジックなものに必要以上の憧れもありません(と言っても全く関心が無いわけじゃない)ので、倉阪氏の作品と言う前提がなければ手に取る事は無かったかも知れません。
まあ予想どうりと言うかなんと言うか実に倉阪氏らしいひねくれた作品で、本のタイトルから感じられる過ぎた昭和の時代への憧憬なんてあったもんじゃなく、むしろ過去にとらわれた人達の転落や衰退が必要以上に露悪的に描かれているわけです。この、先の見えない時代、怪奇現象とかよりもそうした転落劇の方が読んでいて背筋が寒くなるのはたぶん作者の計画通り。
もちろん下町の風情だとかとかそういうものを全否定しているわけじゃないんですけどね。情緒を全否定するほど青臭くも無いし、かと言ってそれに浸ってしまうほど老いてもないといったところか。
ホラーの手法的には現実と非現実の境目がいつの間にか曖昧になっているという倉阪氏独特の作風は健在どころか更に磨きがかかっていて、少しずつ違和感を募らせていく登場人物の心情とシンクロして読めるのは流石。いくらなんでもこれは異常だと気づいた時には最早異界の虜、もう引き返すことは出来ない。
その過程は登場人物たちの転落ストーリーの構図にも被っていて、やはりげに恐ろしきは…と言う訳です。
真の恐怖は異界にあらず。現実にあり。
そういう次第で基本的にはホラー小説と言うより欝小説。中には"まどおり"の様に危機一髪で恐怖から逃れる物語もありますが、むしろそれは少数派。
覚悟して読むべし、ですね。