ブルース・リーに憧れ、アクションスターを目指して香港に渡った若者長岡誠が、苦難の末に俳優としての第一歩を歩み始めるまでを描いた作者得意の拳法活劇小説。
ブルース・リーの死で沈み込んだ香港映画界が、新しいスターの誕生で再び盛り返し始めた1980年代初頭を舞台としていて、子供の頃夢中で見たジャッキー・チェンやユン・ピョウなどのカンフー映画を思い出してなんだか和んだ。
そういえばジェット・リーことリー・リンチェイがデビューしたのもこの頃でしたっけ。
そんな個人的な思い入れはともかくも返還前の香港が舞台と言う事で、香港ノワール映画さながらの猥雑かつ無法な香港の姿が描かれていて、これがまた非常に興味深い。
今野氏の作風上多少の誇張があるのかもしれませんけど、今でこそ近代的なビル街となっているもののかつては東洋の魔窟なんて呼ばれた九龍寨城とかはどんなに誇張しても誇張しきれないほどにリアル無法地帯だったらしいですし、香港の産業はすべからく黒社会の影響下にあったなんて怖い話も夙に耳にしておりましたので、実際の所も小説の中並みに、もしかしたらそれ以上に怖い裏の面を持っていたのではなかろうかと思ったりもします。
日本だって幾つかの産業は暴力団と切って切れない関係にあるといいますし。
その辺を踏まえて読むと、誠を取り巻く環境が醸し出す底知れぬ不安感が読者にもダイレクトに伝わって来て、登場人物たちの台詞の一言一言が意味深に思えて怖い。
最後の締めは割と大団円でしたけど、それに至るまでの誰が敵で誰が味方かすらわからない居心地の悪さは特筆ものです。
ノワールものと言う程に血煙と硝煙臭が立ち込めている作品ではありませんが、かつての香港が持っていたらしい混沌とした雰囲気と、なかなか先が読めない展開は秀逸でした。最後やや強引にまとめた気もするけど、変に鬱エンドにされるよりはいいと思った次第。
武打星 (新潮文庫)