外宇宙における人類の敵との戦闘目的で、バイオ技術によって人工的に作り出された試作戦闘員ヴォルテが自我を持って軍から逃亡する話。
この手の兵器が自我を持つという話は得てしてターミネーター的に不気味なロボットや見るからに剣呑な自律兵器が人類に反旗を翻す展開が多いのですが、本作品の主人公にして人型兵器であるヴォルテはその姿形だけでなく精神構造も人間とさして変わらない存在で、個としての自由を求めて脱走するというのが面白い。
人間と違う点と言うと、肉体の強度と他のたいていの生物と精神を交感できる能力(これこそが一番の目玉なんだろうけど)位。
その設定からして神林長平の作品群よろしく深読み推奨作品な気もしますけど、深読みしなくても充分楽しめるのは大きな美点。
舞台がどことは明記されてはいませんが、作中から断片的に得られる情報から考察するに、ヴォルテが作られた研究施設はサハリン北部、そして彼が目指すヴァイズの故郷の街は恐らくはユーラシア大陸の反対側。
シベリアの極寒の森林や山を舞台にした逃避行はそれだけで読み応えがありますし、谷甲州先生お得意のジャンルでもある。
時に追っ手と戦い、脱走兵や密漁業者や収容所の仲間など数々の出会いと別れを繰り返しながら西を目指すヴォルテの旅は…残念ながら未完で終わるのが辛い。
一応執念深くヴォルテを追跡していた後藤大尉と、3体の量産型ヴォルテを倒した事で当面の追っ手は無くなったとは言え、移動距離を考えるとまだまだ物語は始まったばかりという感じなんですよね。
航空宇宙軍だけでなく地元警察とも大立ち回りを演じてしまっているだけに、シベリア鉄道に乗って一気に大陸の西側へと向かう訳にはいかないだろうし、苦難の旅路はまだまだ続く…筈。
航空宇宙軍史の世界観をある程度把握していたら、色々とヴォルテの今後を想像して楽しむ事も出来そうなんですけど、僕にとってこの作品が初の航空宇宙軍史なので、イメージを膨らませるに足るだけの情報が無いのが少し寂しい。
もう少し他の作品を読んで自分の中で世界観が構築できたら再読してみたい一冊です。
ラベル:谷甲州