陰山 琢磨

前作「旭日の鉄騎兵」はどちらかと言うと"日本が世界標準の上を行く戦車を保有し、ドイツ軍と戦う"というシチュエーションを作る為に歴史改変が行われている――いわば戦場を用意する為の歴史改変であり、歴史の思考実験的な要素はそれほど濃くなかったのですが、本作品では結構大掛かりな改変が試みられていますね。
基本的には前作の世界設定をそのまま引き継ぎ、欧州大戦終結後に始まった米ソ2大国による冷戦構造に史実より主体的な形で日独が関わっていて、戦後世界の切り取りあいが繰り広げられるという形。
特にこの世界の日本はCIAもかくやという権謀術数を巡らせ、植民地地域で民族運動に火をつけて共産化を阻止したり、ソ連が持ち込んだ新型兵器を奪取してみたりと実に狡猾な国になっています。
この狡猾さを有する事は、強力な戦車を保有する事よりも50万t級戦艦を建造するよりも日本にとっては難しい事の気がする。
今回登場する日本の新型戦車10式は、上記の東南アジアでの独立扮装時に入手したSU-100の主砲を参考に開発した105ミリ砲を鋳造砲塔に搭載し、信頼性を高めたジャイロ式砲安定装置を装備したいわゆる第一世代型MBT。イラスト的にはT-55にチーフテンぽい形の砲塔を載せた雰囲気。
物語のクライマックスではこの戦車と、ドイツ側が軍事顧問団という名目で乗員ごと持ち込んだティーガーUとが中東はゴラン高原を舞台に火花を散らす事となります。
大戦型の集大成と言えるティーガーUと、第一世代型MBTである10式の対決はなかなか興味深い。
陸戦の描写はかなり洗練されてきていて戦闘時における車内での様子なども克明に描写されており、満足度の高いものとなっています。マニアックと言い換えても問題ないですかね。
履帯の擦れる音がリアリティを持って脳内で響く一作でした。
陸戦ものに関してはこの作家さんが頭一つ抜きん出ている気がします。陸戦ものの絶対数の関係で比較対象は少ないですが。