陰山 琢磨

チヌではない三式中戦車が欧州を舞台に活躍する陸戦仮想戦記。陸戦モノはあまり売れないのか存在自体がなかなか貴重ですが、作者のマニア度が反映されて海戦モノに比べると荒唐無稽度が比較的低い傾向にあります。
まあ荒唐無稽なのもそれはそれでネタとしては楽しいのですが。
さて、この作品に登場する三式中戦車は、ドイツのパンターを若干上回る性能を持つある意味日本にとっては悲願とも言える車両。スペック的なライバルはJs-2辺りか?
しかしこの車両を手に入れるに至るまでの歴史改変劇が結構エライ事になっているのが凄い。
満州国の運営が最大限巧く行き、アメリカの自動車メーカーの工場が現地に進出する事によってモータリーゼーションが開花して自動車工業の基礎レベルが底上げされる事、ノモンハンの戦訓がしっかりと生かされる事、北アフリカでドイツ軍の遺棄したpzkfw34(r)戦車をサンプルとして入手した事(この世界では独ソ不可侵条約が遵守されるのみならず、ドイツは戦車不足を補うためにソ連からT-34を購入して使用している)、イギリスから17ポンド砲を入手した事、その他諸々…。
日本が世界標準の少し上の戦車を持つために膨大な量の歴史改変をしている辺り、この作者はなかなか判っている人だなあと思わせるものがあります。
また、日本ではドイツの技術がやたら過大評価されるのに対して、アメリカの技術は理不尽に過小評価され、物量だけの軍隊とまで言われる傾向がありますが、この作者は基礎的な技術水準がかなり高いレベルにあるからこそ大量生産が可能と言う事も良く理解されているのにも感動。
きっとこの人はパンターやティーガーよりW号戦車やM4に美しさを感じるタイプの人に違いない。
ガンダムよりザクに美しさを感じる人に違いない。
量産型こそ兵器の華!
メインとなる戦車戦の描写も良い意味で泥臭いものに仕上がっています。
戦車戦における敵との距離と相対角度の重要さや、空や海の戦いと違って貫徹されたら一巻の終わりという理不尽さなどがしっかりと描かれていて、まさに陸戦とはかくあるべしという感じ。
記述に若干くどくてアレな部分はありますけど、この出来なら充分に楽しめます。
火病気味なエキセントリックさが面白かった黄大尉があっさり戦死したのはちょっと心残りですが。
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