2008年11月15日

垂直世界の戦士 感想 K.W.ジーター

垂直世界の戦士 (ハヤカワ文庫SF)
K.W. Jeter 冬川 亘
4150112487



…邦題に偽りあり!!

遥か宇宙まで続く?巨大建造物を舞台にした物語と言う事前情報と、そのタイトル(邦題)から弐瓶勉氏の名作SF漫画「BLAME!」の様な雰囲気を期待していたのですが、ちよっと肩透かしでした。
もちろんこれは邦題が悪いのであって作品そのものに何の責任もありません。

最後まで通して読んで作者が描こうとしたものは理解できましたし、所謂ワンアイデアもの小説でありながらも物語を巧く膨らませて読者の想像力を刺激するものに仕上がっていたのも認めます。
建造物の由来から外壁部で活動する戦闘部族達の成り立ちなどなど投げっぱなしの謎は多いのですが、そうした部分を些事と思わせる後半の展開もスピーディーで楽しめました。

しかし導入部があまりにも突き放しすぎです。
物語は風船エンジェルと呼ばれる、空中を浮遊するヒューマノイドのセックスを主人公のアクセクターが撮影しているというこの上なくポカーンな形で始まり、ほとんど物語世界の説明もなされないままに淡々と進行して行きます。
この前半部はかなりの鬼門で、正直あまり面白いとはいえません。前半部での出来事で、後に大きな伏線となるのも風船エンジェルのラーフトとの出会い位です。

物語が本格的に動き始め、作者の描きたかったものが見えてくるのは中盤以降。建造物外壁の「垂直世界」と、内部の「水平世界」がそれぞれ何をメタファーとしているのかが理解できた途端、急に主人公アクセクターに愛着が湧いてくる仕組み。
具体的に言うと、建造物の外壁である「垂直世界」は、「都会」のメタファーでしょうか。
と言っても別に沢山の人がいて繁栄している訳ではなくて、上昇志向を持つ者には大きなチャンスが転がっている反面、一度転落するとどこまでも落ちていく場所と言う意味です。
垂直世界では幾つもの戦闘部族が鎬を削っている弱肉強食の世界と言うのも、またそれら戦闘部族がある種の投機対象となっているというのも、そのまま資本主義社会そのものに置き換える事が出来る気もします。

逆に建造物内部の水平世界は、特に上を望む事は出来ないけど平穏がある――「故郷」のメタファーです。
アクセクターはこの水平世界で生まれ、平凡に工場勤めをしていた青年でした。
しかしその変化を望めない生活に飽きて、一山当てようと意匠師の道を目指して垂直世界へと出て――そこで数々のトラブルや裏切りを経験し、比喩的な意味と物理的な意味両方でどん底へ転落し、そしてそこから必死で這い上がろうと足掻くのが後半の展開。
どん底を抜け出せたら故郷に帰ろう、そして堅実に生きていこうと里心に取り付かれる辺りは、世の東西問わずしみじみと理解できてしまう部分です。


つまるところSFの体裁を取ってはいますが、故郷から夢を抱いて都会に出てきた若者が様々な試練に晒されて挫折を経験し、それでも諦める事無く夢を追い続ける姿を垂直世界と水平世界というメタファーを通して描いた作品でした。
原題は「Farewell Holizontal」ですが、「Farewell Hometown」と書き換えてもしっくり来る様な。


posted by 黒猫 at 10:11| Comment(0) | TrackBack(1) | SF | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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